2026-10-12 22:46:00
「平和ボケ」が子育てにも起きているとしたら?
地域のお祭りが終わりました。
大学4年生になった長男にとっては、来年からの就職を考えると、地元でこの祭りを迎えるのはこれが最後。次男と並んで大屋台に乗せてもらっている姿を見て、思わず感無量になりました。息子たちの同級生のお母さん達と毎年会えるのも、この祭りの楽しみのひとつです✨
人の「感じるチカラ」が、年々弱くなっているのではないか。特に、危険を察知するチカラが薄れているように感じました。
私たちの地域の祭りは、けが人や死者が出ることもある、割と危険な祭りとして知られています。その年々、喧嘩が激しくなり、長時間の殴り合いが続く。逃げられない場所で小さな子どもと観覧する。スマホで撮影したいと言う低学年の子を、一人で人混みに行かせる。
そんな「怖い」と感じる場面を、今年はたくさん見ました。
何かが起こってしまったとき、それは本当に理由になるのでしょうか。
私たちの中で感じるチカラが弱くなると、「平和ボケ」状態が起きるそうです。「このくらい大丈夫だろう」「そんなつもりはなかった」「まさかこんなことになるなんて」。こうした想像力が働きにくくなっていく状態です。
そしてこの感じるチカラを弱くする原因のひとつが、「強い刺激」だと思います。上手いダンス、上手い歌、スーパープレイ。見続けていると、自分も無敵になったような気分になってしまう。これは祭りの場面に限らず、日々の暮らしの中にも、たくさん転がっています。
みんなで豊作を祝い、集って楽しむはずの神事が、悲しい出来事に変わってしまわないように。「自分は何者なのか」を、ちゃんと感じられる自分でいたいと、今年の祭りを通して改めて思いました。
子どもの小さな表情の変化、声の調子、乗り越えようと頑張る時。本当は何かを発している小さなサインを見過ごしてしまう。ネットの正解に囚われて肝心の「感じる」部分が鈍ってしまっている。そんなことが、私自身にもありました。
息子が不登校だった頃を振り返ると、私もどこかで「いつかは乗り越える」「そのうち落ち着く」と、自分の感じるチカラよりも情報の基準を優先させていた時期があったように思います。
大切なのは、その情報が「我が家の、この子に」本当に合っているかを、自分の感覚でもう一度確かめる視点だと思います。子どもは親の姿をよく見ていますし、親は子どもにとっての環境そのものです。親自身が自分の感じるチカラを大切にできていると、子どもの小さなサインにも、自然と気づきやすくなっていきます。
子育ての情報に振り回されやすくなっている方、周りの基準と自分の感覚とのズレに疲れている方にも、ぜひ知っていただきたい内容です。職業や子どもの年齢に限らず、どなたでも受けていただけます。
私自身、息子の不登校を通して、周りの正しさよりも自分と子どもの感覚を信じることの大切さを、何年もかけて少しずつ学んできました。今でも迷う場面はありますが、あの頃より確実に、小さなサインに気づける自分になれてきたように感じています。
一つひとつの小さな違和感を、一緒に大切にしていけたら嬉しいです♡
大学4年生になった長男にとっては、来年からの就職を考えると、地元でこの祭りを迎えるのはこれが最後。次男と並んで大屋台に乗せてもらっている姿を見て、思わず感無量になりました。息子たちの同級生のお母さん達と毎年会えるのも、この祭りの楽しみのひとつです✨
お祭りの風景で感じた、ある違和感
嬉しい気持ちと同時に、祭りの風景を見ていて、引っかかることがありました。人の「感じるチカラ」が、年々弱くなっているのではないか。特に、危険を察知するチカラが薄れているように感じました。
私たちの地域の祭りは、けが人や死者が出ることもある、割と危険な祭りとして知られています。その年々、喧嘩が激しくなり、長時間の殴り合いが続く。逃げられない場所で小さな子どもと観覧する。スマホで撮影したいと言う低学年の子を、一人で人混みに行かせる。
そんな「怖い」と感じる場面を、今年はたくさん見ました。
「みんなやっているから」は、理由になるのか
みんなやっているから。子どもに「気をつけてね」と言ってあるから。何かが起こってしまったとき、それは本当に理由になるのでしょうか。
私たちの中で感じるチカラが弱くなると、「平和ボケ」状態が起きるそうです。「このくらい大丈夫だろう」「そんなつもりはなかった」「まさかこんなことになるなんて」。こうした想像力が働きにくくなっていく状態です。
そしてこの感じるチカラを弱くする原因のひとつが、「強い刺激」だと思います。上手いダンス、上手い歌、スーパープレイ。見続けていると、自分も無敵になったような気分になってしまう。これは祭りの場面に限らず、日々の暮らしの中にも、たくさん転がっています。
みんなで豊作を祝い、集って楽しむはずの神事が、悲しい出来事に変わってしまわないように。「自分は何者なのか」を、ちゃんと感じられる自分でいたいと、今年の祭りを通して改めて思いました。
子育てにも起きている「感じるチカラ」の低下
この「感じるチカラの低下」、子育ての場面でも、同じことが起きているように思います。子どもの小さな表情の変化、声の調子、乗り越えようと頑張る時。本当は何かを発している小さなサインを見過ごしてしまう。ネットの正解に囚われて肝心の「感じる」部分が鈍ってしまっている。そんなことが、私自身にもありました。
息子が不登校だった頃を振り返ると、私もどこかで「いつかは乗り越える」「そのうち落ち着く」と、自分の感じるチカラよりも情報の基準を優先させていた時期があったように思います。
強い言葉や正しさに、感覚を預けすぎない
子育ての情報は、今は本当にあふれています。正しい言い方、効果的な関わり方、成功している家庭のエピソード。強く分かりやすい言葉は、人の感じるチカラを一瞬で奪ってしまう力を持っています。大切なのは、その情報が「我が家の、この子に」本当に合っているかを、自分の感覚でもう一度確かめる視点だと思います。子どもは親の姿をよく見ていますし、親は子どもにとっての環境そのものです。親自身が自分の感じるチカラを大切にできていると、子どもの小さなサインにも、自然と気づきやすくなっていきます。
おやこコーチングmamanoriaからのご案内
おやこコーチングmamanoriaでは、こうした「自分の感じるチカラ」を取り戻していくための、心を調えるコーチングを募集しております。子育ての情報に振り回されやすくなっている方、周りの基準と自分の感覚とのズレに疲れている方にも、ぜひ知っていただきたい内容です。職業や子どもの年齢に限らず、どなたでも受けていただけます。
私自身、息子の不登校を通して、周りの正しさよりも自分と子どもの感覚を信じることの大切さを、何年もかけて少しずつ学んできました。今でも迷う場面はありますが、あの頃より確実に、小さなサインに気づける自分になれてきたように感じています。
一つひとつの小さな違和感を、一緒に大切にしていけたら嬉しいです♡
